2024/08/21

なぜ?!私が、宝石の仕事を始めたのか? 仕事を始めたきっかけと、奇跡的な出来事!!【第3話】

第3話:ジャイプールの宝石商との出会い

デリーで宝石を見て回った後、私はインドの宝石の都、ピンクシティーと呼ばれるジャイプールに連れて行かれました。

20年以上インド政府から表彰を受けているという、その店の規模と品揃えは、デリーで見たものとは比べ物になりませんでした。
あきらかに、ここには、デリーで見たものより、ずっと大きく良いものがありました。

その年から社長に就任したという社長のマノジ氏は、貫禄があり、宝石への情熱が溢れる方でしたが、値段交渉は厳しく、ほとんど値引きに応じてもらえませんでした。
ここでも3日間、朝から晩まで宝石を見続けましたが、結局何も買いませんでした。



運命の4日目

そして、4日目になり、ここで買えないなら、もう諦めようと思ってました。
諦めかけた4日目、状況が急変しました。
店のスタッフの態度や対応が変わり、値段も下がるように。
そして、持参した300万円全てを使って、当時最高の仕入れをすることができました。


なぜ、こんなことが起きたのか???

その時は全く理解できませんでした。
しかし、後にその秘密が明かされることになります。



占星術師の予言

実は、このジャイプールの家族は、資産数兆円とも言われる大富豪で、「ジャイプールの王」と呼ばれていました。
彼らには、ビル・ゲイツやリチャード・ブランソンも訪れるほど有名な占星術師が仕えていたのです。

マノジ氏が15歳の時に見た鮮明な夢を両親に話したことから、家族で占星術師を訪ねました。
夢の内容は、日本から「カモト」という人が来て、生涯のパートナー、生涯の友となり、その人と付き合うことで会社や家族が発展するというものでした。

占星術師は計算の結果、「間違いない。マノジ氏が社長に就任した年に、日本からカモトという人が来る。
この人を離してはいけない。
必ずこの人と付き合うことで良い運命が開ける」と断言したそうです。

私は「川本」なので、最初は気がつきませんでしたが、カモトとカワモトの発音がほぼ同じであることから、父親が「きっとこの人だ!」と言い出し、皆がそう確信したのです。
マノジ氏が社長に就任したまさにその年に私が現れたため、占星術師の予言が正しかったと皆が納得したそうです。
その後、マノジ氏とは30年以上親友となり、家族ぐるみの付き合いになりました。



宝石販売の苦難

300万円分の宝石を日本に持ち帰りましたが、宝石の経験もコネクションも、お客様もありませんでした。
良いものが、安く買えたと喜んだものの、さて、これをどうやって売ればいいのか?考えてませんでした。
当時はインターネット販売などもなく、どうすればいいのか途方に暮れました。

仕方なく、新宿のアルタの前や原宿で露天商を始めました。
布切れに商品を並べて売るのですが、すぐに、ヤ◯ザさんや、ケ◯サツさんに追い払われてしまうのです。



彼らが去るとまた始め、また追い払われるという、まさにイタチごっこの日々でした。

当時は500円からせいぜい5000円程度の安価な宝石を売っていましたが、今では最高で500億円のピンクダイヤモンドを扱うまでになりました。
当時の1億倍です。
のちに、このようになるとは、夢にも思ってませんでした。

当時は、1日1日の暮らせる売上を作るのに必死でした。

この苦難はしばらく続きましたが、やがて転機が訪れることになります。

【4】に続く

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